清塚信也 Shinya Kiyozuka
幼少の頃よりクラシックピアノの英才教育を受け、日本および世界各国のコンクールで数多くの賞を受賞。
ピアニスト中村紘子氏、加藤伸佳氏、セルゲイ・ドレンスキー氏に師事。
現在、リサイタルおよびサロンコンサートでの演奏を軸に、CD、TV-CM、ゲーム音楽、映画音楽、テレビドラマの分野を始め、学校、病院、介護施設等でのボランティア演奏等、マルチな活動を展開。
聴衆の心を揺さぶる彼の表現力は、各方面で高い評価と厚い支持を得ており、知識とウィットに富んだトークを交えた彼ならではのコンサートは毎回多くのファンを魅了している。2008年度は年間150本を超える演奏活動を達成。
近年、話題のドラマ「のだめカンタービレ」にてサウンドトラック演奏および劇中の「千秋真一」のすべての吹き替え演奏を担当。映画「神童」ではサントラ演奏、ピアノ演奏指導に加え、出演も果たす。
「たけしの誰でもピカソ」や「みゅーじん<音遊人>」等のテレビ番組で取り上げられるなど、メディアの関心も高く、現在、若手ピアニストの中で注目度ナンバーワンともいえる存在である。
公式ホームページ:
http://wmg.jp/kiyozuka/
〔連載〕ピアニスト清塚信也のクラシック・ラヴ・ストーリーズ/ゼクシィnet:
http://zexy.net/mar/bgm/kiyozuka/
| 2009/09/04 | 第0回 | プレリュード(前奏曲) |
| 2009/10/01 | 第1回 | ポロネーズ |
| 2009/11/01 | 第2回 | ノクターン〜夜想曲〜 |
| 2009/12/01 | 第3回 | 幻想即興曲 |
| 2010/01/04 | 第4回 | ワルツ |
| 2010/02/01 | 第5回 | エチュード(練習曲) |
| 2010/03/01 | 第6回 | バラード |
| 2010/04/01 | 第7回 | アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ |
| 2010/05/06 | 第8回 | ピアノ三重奏曲 作品8 |
| 2010/06/01 | 第9回 | マズルカ |
| 2010/07/01 | 第10回 | 子守歌 |
| 2010/08/01 | 第11回 | 舟歌 |
プレリュード(前奏曲)
ショパンの「プレリュード集(前奏曲集)」の中に「雨だれ」という曲がある。
ショパン特有の甘く切ないメロディに、雨粒が落ちる音が伴奏で延々と鳴っているノクターンを思わせる美しいあの曲だ。
しかし、普通の美しい曲だと思ったら大間違い。
あの曲には恐ろしい秘話が隠されているのだ。
ショパンが雨だれを作った頃、彼の体はボロボロになっていた。結核という当時不治の病だった伝染病に感染していたのだ。調子の悪い時には咳込み、高熱を出し、喀血した。
そんなショパンはジョルジュ・サンドという最愛の恋人と療養の目的もあり、マジョルカ島という島に旅行に来ていた。しかし、インターネットもテレビも無い当時では、いくらショパンといえども「世界的に有名…」ということもなく、マジョルカ島では全く無名だったため、ショパンは島の住民から見れば「ただの結核患者」だった。
そのためかなりの差別にあったようである。たとえば、ショパンが眠ったベッドは「一度寝たら誰も寝たくない」ということで、自分で買い取らなくてはならなかった。それに加えて島の気候は激しく変化し、ショパンの体はその急激な変化についてゆけず、病状は悪化するばかりであった。
心身共にボロボロになったショパンを更なる悲劇が襲う。
ある日、サンドが何十キロも離れた町に買い物に行っている間、その町が洪水に見舞われた。
夜遅くになっても帰ってこないので「サンドはもう死んでしまったのだ」と思い込み、ショパンは半狂乱状態に陥った。
「ピアノの中から亡霊が出てくる。そう、僕は知っている。サンドはもうこの世にはいないということを…」
ちょうどその時、サンドがびしょ濡れになって帰ってきた。
サンドの目には、ショパンがまるで死人のように映ったという。
しかし半狂乱のショパンは、この世のものではないほど美しい曲を弾いていた。それがまさに「雨だれ」のプレリュードだった、ということなのだ。
僕はショパンが大好きで中学校の頃からよく弾いていた。
でも、あまり弾きすぎて、周りの大人たちから「清塚といえばショパン」というレッテルを貼られ、それが何だか僕の自由を奪われてしまっているようで、20歳になる頃まではすごく嫌だった。他の作曲家の作品が弾きにくかったのである。
でも、今は昔よりずっとずっとショパンが好きになった。
好きになった理由は「ショパン・コンクール」への挑戦が終わったとか、色々なことが考えられると思うが、一番の理由はショパンの気持ちが次第にわかるようになってきたからである。
まぁ、早い話が、大人になったのだ。
中学生の頃なんか、雨だれの話を聞いても「へえ〜」というくらいにしか思えなかった。でも、今ならなんとなく「うんうん」と頷ける。
ショパンが半狂乱になって「雨だれ」を弾いている光景も想像出来る。
僕はこれから1年をかけて、そんなショパンの魅力を自分自身でももう一度確認しながら、皆様にご紹介したいと思います。
ショパンは生前、自分に対する質問には取り合わなかったという。
自分の話をするのを極端に嫌ったのだ。
だから、彼の曲にまつわる話や彼自身の想いは謎につつまれている事が多い。
その謎も彼のミステリアスな魅力のひとつなのだが、それにしても謎が多い作曲家なのだ。だから、わからないことは僕ら音楽家が解釈していくしか手が残されていない。
しかしそのシステムこそが、未だにショパンの音楽を色褪せない新鮮なものとして残してくれている要因かもしれない。
いつの時代も「新たなる音楽家」が「新たなる解釈」をもってショパンを弾く。そうやって型にはまらない音楽を残したというところ、もう、これこそがショパンそのものだったに違いない。
皮肉屋で、謎めいて、内向的で、神経質…。
とても友達になれるとは思えないけれど、彼の音楽の魅力は呪いに近いほど僕らの心にまとわりつく。
来年はショパン生誕200年記念です。
是非、この機会にショパンの魅力を再確認してみてはいかがでしょうか。
清塚信也















